よその地で四十歩
引っ越した先の小学校には一年間しか通わなかった。が、記憶に残ることの一番多い年でもあった。転校したてはいじめに遭った。後にも先にもその時だけだ。学芸会で「羽衣の天女」を上演したこと、担任の先生が文集作りに熱心で既に始まっていた書くことへの情熱が更に高まったこと。
しかし、作文は嫌いだった。日常の出来事には興味がなかった。手作り紙芝居に文をつけることになると俄然張り切った。なーに、作文だってウソ八百でかまわないのさと作りごとを書いて平然としているようなら、今頃は大作家?
もう一つ忘れ難いのは級友に絵のとてもうまい人がいたことだ。名前も思い出せず、顔も覚束ないが、描いた絵だけは覚えている。きっと少女漫画かイラストの世界で活躍しているに違いない。生憎、そっち方面には疎く高名な漫画家になっていても気づかないだろう。一度、よく似た絵を新聞の展覧会紹介記事で見てひょっとしたらとわざわざ見に行ったら、年齢も上で且つ男だった!
案外、専業主婦になっていて自分の子供にだけ描いている・・・・今なら孫にか。としたら、勿体ないなぁ。古今亭志ん朝の母親も絵のうまい人だったらしい。今ならその才能で身を立てていたかもしれない。惜しいなぁ。
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