ムツの卵と六五歩
姉の勤務先は御茶ノ水にあった。昼ともなると淡路町、小川町、神保町など神田一帯に出没、評判の定食屋、名立たる蕎麦屋、洋食屋を経巡り、老舗の和菓子屋、知る人ぞ知るケーキ屋などで頻々と土産を買って来た。この界隈なら「アド街ック天国」に出られます。
中でも忘れ難いのはすっかり懇意になった魚屋で手に入れる魚介類、作で買う鮪、フライにして2本食べるとそれだけで満腹になる程の海老、うまいのはうまい生雲丹、牡蠣、初めて食べたムツの卵、等々。「ムツが絹なら、たらこは木綿よ」とは主の弁。
「今日はお金がないから、素通りしようとしたらみつかっちゃって、ちょっと、ちょっと、鮪のいいの、入ったからさ、見るだけでも」と呼び込まれることもあったらしい。五人家族だから結構いいお得意だったのかもしれない。主が亡くなると継ぐ人もなく、魚屋は廃業、奥さんが定食屋を始めたという。うまい魚とも縁が切れた。
ほかにも今で言うデパ地下でなんやかや買って来るのである時母がポツリと言った。「あの子、一体幾ら貰っているのかしら?」家族経営のような小さな会社だったのでひょっとして会社の金をドガチャカドガチャカ、或いは退社後にあやしげなサイドビジネスを展開?と親らしい心配をしたものと見える。
うちの姉に限って、絶対にないっ![]()
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