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2009年2月

正式名称はナニ?、で七二歩

 毎日のように目にし、お世話にもなっているが、なんというのか分らない。別に知らなくても支障はない。テキトーに呼んでいたり、手振りや「あれ、あれ」で通じる場合が殆んどだが、改めて正式な名称は何?と問われたら、はたと考え込んでしまう日用品、事務用品は存外に多い。

 銀座伊東屋の看板代わり、巨大クリップはゼムクリップという。その手のものは100円ショップで調達するので店内にどんなものがあるのか、見たことがないと気づいた。今度見てみよう。間違って指も一緒に挟むと「イッテエー!」になるのが目玉クリップ。その所業に比べ、愛嬌のある名だ。いずれも一つの動作で書類綴じ完了!

 三つ目が問題のダブルクリップ。と言われて咄嗟に思い浮かべることができなくても厚めの書類を綴じる時に使う二度手間のやつと言えば「あー」であろう。役所に提出する書類を「ダブルクリップで留めて下さい」と言われ、ゼムクリップを二つ付けて持って行った人がいた。ほかならぬわが姉である。それも入社したての新米の頃ではない。古古米ぐらいになった時の話だ。おそらくそれまでもダブルクリップで留めて提出していたのだろうが、名称を知らず、わざわざ指定されて「???」と思案した結果の珍プレーと思われる。

 家族皆で大笑いしたが、今でも思い出すと吹き出してしまうのである。clipclip

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ないない尽くしで、七一歩

 持ってない、できない、したことがない。この三つで勝負したら、そんじょそこらの人にはゼッタイ負けない自信がある。(と、胸張るんじゃない!)

 ないものは、電気炊飯器、湯沸しポット、貯金。化粧品。(あるのは化粧水、黛各1本)運転免許証。パスポート。(レンタルビデオ屋、映画館などで健康保険証を取り出すのは些か体裁がわりィ)

 したがって、車の運転ができない。オートバイも乗れない。自慢じゃないが、自転車も乗れない。1桁年齢から乗馬、十代から飛行機操縦に憧れ続けているが、果たせず。のみならず、どちらにも乗ったことすらない。死ぬまでに一度はと希っている。

 スキー、水泳まるでダメ。楽器も弾けない。小学校の時、ピアノちょっぴり、リコーダー少々の経験はあるが、今、弾け、吹けと言われても、からきしです。オーボエと三味線は習いたかった。大吠えだけは得意。ピアノ、バレエ教室には高齢初心者部門があるようだが、声楽はなさそうだ。もともと、声楽教室なるものは見かけたことがない。東京芸大に入るっきゃない?

 そんじょそこら、本所、石原の通りっ端どころか、渋谷の映画館に入って行く人たちに挑んでもまずは勝てる物件が一つだけある。優に1万は越え、Wりを含めれば、総在庫数は数万、ひょっとすると十万突破?と思われるもの、映画のチラシである。

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記憶にはナゾ多しで、七十歩

 記憶にある限りの子供の時から今の今まで、わが脳細胞は実人生に対するより遥かに多くの精力を虚の世界の為に使って来た。“元祖フリーター、時々ニート”仕事も終われば、ハイ、それまでヨ!

 ♪サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ♪ ある時、この歌の題がなんだったか分らなくなっているのに気づき、友人にFAXで訊ねた。すると“どんと節”との答えが返って来た。「ああ、そうそう」となる筈がならない。その題にとんと覚えがない!歌そのものは耳タコに聞いていたのに。こんなことがあろうか?!

 別の耳タコ曲が久々にラジオから流れて来た時も同じことが起った。“Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye”題は分っていたが、演奏グループ名のSTEAMにどうにも覚えがない。まさに湯気の如くわが記憶装置から蒸発していた。ポピュラー音楽シーンでは毎度お馴染みの「途轍もない大ヒットを飛ばした一発屋」ではあるが、それにしても!

 記憶にロックが掛かってしまったのが、美空ひばりの歌で一番好きな「明玉夕玉」ある時、最終節の♪明玉夕玉よ♪以外全く思い出せなくなった。CDはBOXセット以外にみつからず、諦めていたら、1枚売りをみつけ、アタマのnoteを聞いた途端、解除。もう、いつでも取り出せます。

 かと、思えば、特に好きというわけでもなく、その日の朝、或るいは前の晩に耳にしたのでもないのに一日中その曲が頭の中で鳴っていたりする。あれは一体なんなんでしょう?極地で遭難しかかった人が薄れていく意識の中で歌が聞こえて来た、よく聞いた曲でも好きな曲でもなかった、美空ひばりの「川の流れのように」だったと語っていた。それも一体なんなんだぁ?

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69年生まれと六十九歩

 男っぷりにであれ、役者としてであれ、好きになった男優は、きっちり六十九人、ではなく、ざっと五十人、いや、三十人?やはり、もっとか。

 マダム・スザーツカではないが、天才という言葉は嫌いだ。特に映画人については使いたくない。セルゲイ・エイゼンシュテインになら、ま、いいかとも思うが。それでも彼についてはついつい天才と言いたい誘惑に駆られてしまう。1969年生まれの男優である。

 長年、日本には69な男優がいないと嘆き続けていたが、彼を見た時は遂に日本にもこういう男優が現れたか、長生きはするものだと思った。二度と炎を上げることはあるまいと油断していた焼けぼっくいに火がついて、妄界で映画を撮ったり、写真集を出したり、忙しくなってしまった。いやぁ、困った。その写真集というのが三十五年位前に大樹小説の中で既に出版済み、実在の肉体を使って“撮る”のは初。せめてこれだけでも見せてあげたい。熱烈なファンだけにでも。脳内の映像をプリントアウトできないものかと切に願う。「プレオナスム Part Ⅰ」「プレオナスム Part Ⅱ」とある大スターの有名な写真のリメイクは言葉でも説明できるが、脳外不出。ほかの肉体で先を越されてはたまらない。タイトル公表だけでもヤバイ、ヤバイ。

 と、一人ではしゃいでいるが、車に例えれば、既に何十万キロも走ってエンジンは動かないわ、ガソリンタンクは空っぽだわのポンコツ車、たまたま坂の上に停まっていたら、誰かが押したので動き出しただけで走っているわけではない。もう一番下まで転がり落ちた気がしている。地べたに寝転がって、今日も空は青いぞ。

 今や日本映画界は才能溢れる男優で満ち満ちている。40代~20代限定ですが。只今、10代、1桁からもきっと凄いのが現れる。それを考えると長生きしたいぜ。だが、これはいつまで行ってもきりがない。頭がはっきりしている限り、たとえ200歳になっても「近日公開」の映画を見たいと思うだろう。

 彼とは誰かって?内緒です。ヒントは役者として惚れ込んでいるにも拘らず、写真集を出したくなる男優。と言えば、あの人しかいないでしょう。ジュル。失礼、つい、涎が。

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只ほど高いものはない、で六八歩

 わが母はいろいろな古えの訓をしばしば口にしたが、その一つが「只ほど高いものはない」

 只ではないが、物が余り豊かでなかった頃、近所の人などが「安く買えますよ」と言ってくれても決して頼まなかった。「親ならともかく、他人様じゃ、お礼をしなけりゃならない。反って高くつく。自分で買えば、すいませんもハチの頭もない」

 このハチがよく分らない。頭と来れば蜂?古今亭志ん生が噺の中で「お願いも手水鉢もない」とないと言っていたところを見ると鉢の可能性もある。どっちにしてもなんで急にハチが出て来るのか、江戸っ子の喋りには突飛な形容が多いのであった。

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胸元談義で六七歩

 ブラジャーなるものを自分で買ったのは、数年前100円ショップで大枚200円はたいた2枚だけと告白済みと思ったが、16JOYAの頃から60BABAの現在まで新品であるとお古であるとを問わず、それらは姉方面からやって来るのであった。

 一度、前で止める式のブラが回って来た。「止め金が当たって痛いからあげる」ガハハハ。姉がシャーロット・ランプリング・クラスならわたしはドミニク・サンダ辺。少しは浮く!「マイド!」

 ある時、例の小中高一貫同窓生が「あなた、体に自信ある?」なぞと訊く。そして返事を待たずにこう言った。「あの人はムチッ、ムラムラだからなァ」

 のあの人とは若松孝二なり。今でもムチッには程遠いが当時はガリッ、ガクッ。どうせ、暇だから、行こ、行こ。

 とあるマンションの一室。すでに十数人の人が詰めていて、こっちは隅っこに座っていた。監督が何を話していたか全く覚えていない。御前に呼び出されもしなかった。

 わたしの胸があと3センチ高かったら、日本映画の歴史は変わっていたかもしれない。今頃、脱がせのnotenoteと呼ばれて、貌もボディも美しい若い男たちを脱がせまくっていたに違いないのだ。しぶるのがいたら、ン十年前のわが勇姿を見せて「だから、キミも」と叱咤激励できようというものだ。ウ~ム、残念!

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666でなく、六六歩

 昨年、¥666のレシートを見事にゲットー!¥777は二度ゲットー、それも同じ日に、10分と間を置かず!それがどうした?どうしもしない。

 生まれてこの方、占いだ、ジンクスだ、おみくじだ、風水だ、厄年だ、恵方巻きだ、の類いは信じたことがない。666が不吉とも思わないし、777がラッキーとも思わない。そもそも666は「13日の金曜日」同様、キリスト教関連であっしには関わりのねぇことでござんす、である。大安だ、仏滅だ、の暦とやらも江戸後期に始まったと聞く。それより古いキリスト教とてたかだか2000年足らず、ヨーロッパ全土に信者を持つようになったのはずっと後のことでそれ以前の人類の歴史の方が遥かに長い。

 ある時、最寄駅に向っていると若い男が話しかけて来た。「すみません。〇〇を勉強している者ですが、あなたの額には△△が出ています。今、あなたはupwardrightdownwardrightの分かれ目にいます。それにしてもこんなにはっきり出ているのは珍しい。ご先祖があなたを守ってますよ」

 別に何か勧誘する様子もなく、それだけだったが、確かにdownwardrightになるだろうと覚悟した時期だった。ご先祖さま信仰は毛ほども持ち合わせず、三代前、二代?の祖先でさえ生きて会ったのは母方の祖母一人、葬式には出たが、墓参りに行ったことは一度もないバチ当り、それでも守るのがご先祖や神の務めとは思うが。

 〇〇と△△はなんと言ったのか分らないからで、伏字というわけではない。その手のものは近づいたことがないから、見当もつかないのである。

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