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2009年5月

急に思い出したこと、で九二歩

 それは1972年3月8日のことだった。所は文芸坐、映画を見終わって後方扉へ向かって行くと通路沿いの席に座っていた見知らぬ青年がいきなり声を掛けて来た。「▽▲さんですね?」ええ?!なんでわたしの名前を知ってるの?「この間、★☆のとこで・・・・」と小中高同窓で「一緒に机並べて」と冗談を言った友の名を挙げた。確かに★☆宅で何かの会が開かれ、彼の友人十数名が集まった。が、一向に覚えがない。話をしたのは左右2、3人の範囲なので離れた所にいたその人とは言葉を交さぬままだったらしい。近くのそば屋に座を移して話してみると★☆のクラスメイトと知れた。同窓生!

 「今、大阪で働いているんです」「え、わたし、近々大阪へ行くんですよ、映画を見に」そして自主上映会の催されるホール名を告げると「そこなら上がホテルになってますから、そこに泊まるといいですよ」

 なんと間のいいことか。この出遇いがなかったら、旅行なるものは一切しないわたしはとんでもなく遠いホテルを予約してしまったかもしれないのだ。その後お会いすることもなかったが、今に至るまで感謝している。わが人生二番目の幸運かもしれない。(笑うな)

 その後、★☆に会った折、この話をすると「あいつ、高校卒業してすぐ就職したんだぜ。凄いだろ?」「うん、凄い」なんせ進学しない生徒がクラスに一人いるかいないかという学校だもんで初めから就職する人間がいるとは思いもよらなかったのだ。衝撃が大き過ぎて理由を訊きそびれた。家庭の事情だろうか?としたら、無念だろうな。同級生を見ていてこういう連中の巣窟には行きたくないと思ったか。一刻も早くつきたい職があったのか。しかも大阪。ひょとして家を出たかった?

 そんな古いたまたまの出遇いの日付を何故覚えているかというと覚えてはいない。1964年からこの方、作品名、劇場名、日付を「ノートに書いとこ」しているからだ。文芸坐で見たのは「サムライ」「ギャング」大阪で見たのは1日目「ワイルド・バンチ」「ポイント・ブランク」2日目「スイート・チャリティ」 

 

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わが青春に悔いなし、と九一歩

 十代後半から二十代前半を青春時代とすれば、本当はアラハタまで?、映画を見ることと小説を書くことに明け暮れた。そのことに悔いはない。見たいと思う映画はほぼ見ることができた。

 身過ぎ世過ぎに使う時間が増えたのと小説は書いていないことを除けば、今もさして変わりがない。アラカンを過ぎてもアラハタの頃と髪型も服装も暮らしぶりもほぽ同じである。元祖フリーターのまま、常に最低賃金で働き、使える金は映画や音楽、本に使う。仕事を選ぶ時の最優先順位は時間と場所、次に時給、最後に内容。法律や道徳に抵触しない限りなんでもいいのである。

 見たい映画は大体見られる“青春時代”も今年が最後になるかもしれない。後三年ほど賃労働をしないと爪に火生活もままならない。身から出た錆というやつで嘆くつもりはない。唯、少しは世の為人の為に役立っていると自負できる、或いは多少なりとも自己実現可能な仕事に一度もつかなかったことに全く悔いがないと断言するにはためらいがある。

 映画に対しても何一つ報いることができなかった。せめてものことに友人たちには電子or原始メールで気に入りそうな作を推奨し、不特定少数向けブログで布教活動を展開するのが精々である。只今公開中の作品では「ウエディングbellベルを鳴らせ」「チョコレ-ト・ファイター」がウルトラミラクルアリナミンAチョコラBBオロナミンCリポビタンDメガシャキE映画。

 日本映画は取り扱う範囲が半径3メートル四方で面白くないとの意見もあるが、それでも食指動きっぱなしで疲労骨折寸前、になってもどうにも止まらないのは三十代を中心にその前後十年辺りに見どころ大いにありの男優が雨後の筍どこではない、雨水の溜まった甕のぼうふらの如くウヨウヨしているからなのだ。長年日本にはろくな男優がいないと嘆いていたのがウソのようだ。長生きはするものだ。

 と、「チョコレート・ファイター」を見て思った。遂に第二のブルース・リー誕生である。次作を見るまで死ねない。

* やはり、ぼうふらはうまくないか。蛍の木に群がる蛍の如く?満天に輝く星の如く?とにかく、いっぱいってことです。

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悪戦苦闘で、九十歩

 う~ん、う~ん、う~ん、辛い。五月は四月に増して映画と競馬が忙しい。体も忙しいが金も忙しい。そこへもってきて今夜ドライヤーがこわれた。プリンターのインクも切れた。明日は映画の前に電気屋にゆかねば。今週はともかく来週は競馬場へもゆかねば。再来週も行きたい。が、疲れるのであった。

 天候のせいか不況のせいか、クラシック・レースの狭間のせいか、程良い混み具合のヴィクトリアマイルでさえ帰って来たら、ど~っと疲れた。お遊びでちこっと押さえた2、3着の複勝しか当たらなかったせいもあるが、単に歩き回ってくたびれただけなのだから、トホホ極まれり。ダービーとなったら、押すな、押すな。家でTV観戦のつもりがJRAのHPなぞ覗いた為に少なくとも場外へは出かけねばならない破目に。レーシングプログラムがどうしても欲しいのダ。

 なんてことを書く為に始めたブログではなかった。例によって語呂合わせで悪戦九十しているだけなのである。既に書いたと思うが、東京人は言葉遊びが大好きなのだ。オークスのアタマはブエナビスタで固い。豚インフルエンザ、メキシコはスペイン語圏!以下は競馬ファンになって二、三年目に作った金言である。

 horse 駄洒落で馬券は当たらない。たまに当たるが癪の種。dollar

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役者の怨霊が、で八九歩

 先生についたわけでなし、一人で練習も殆んどしないが、カンツォーネ歌手張りの声が出る。その体格からは想像できない程の声量である。カラオケにも行かない。思いっきり歌うのはストレス発散に最適と言われ、実際その通りなのだろうが、完全防音の部屋でもなければ試すこと能わず。

 歌うのは確かに気持ちがいいが、更にいいのは狂言や歌舞伎の台詞を言う時なのだ。歌手になりたいと思ったことはないが、役者にはなりたかったし、今からでもなりたい。大劇場の芝居には全く関心がない。(歌舞伎は大劇場かも)劇場自体にも興奮しない。血が騒ぐのは決まって小さな劇場、そこで上演される芝居なのだ。「寝盗られ宗介」の楽屋など映画で見てもカッカカッカして来る。

 歌、オペラは「ぜんぶDNAのせい」にできるが、芝居っ気は知る限り縦にも横にも辿れないので先祖の誰かが旅回りの役者を殺め、そいつの霊が取り憑いているのだ。と思うことにしている。

 松の木でも可。ご連絡お待ちしてます。

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8-8で、八八歩

 ゾロ目、それも8-8が好きで、8枠に来そうな馬が複数頭入った時はわざわざ枠連を買う。先々週の皐月賞は当然8-8と1-8、当てに行ったが、大外れを喰らった。保険の単勝のみ的中。元は取った。バク才のないビンボー人が長く続けようと思ったら、損をしない賭け方をせねばならぬのだ。

 天皇賞はケンしたが、競馬場へ出かけていれば8-8を厚めに買っただろう。そして保険の単も外れ。

 馬連は3-13が好きで少しでも見込みがありそうだと100円なりとも購入、ようやく的中したら、2着同着で配当が半額になる憂き目。帰ってから録画を見て驚いた。わが2着馬は4角最後方、到底届かない位置から飛んで来て誰もが前の2頭で決まったと信じた瞬間、間に合ってしまったのだ。そちらの馬券を持っていた人の落胆はいかばかり。

 枠連はいずれなくなると聞いた。テレビのアナログ放送と同じ運命だ。マークシートからゾロ目印が消えて久しい。あれを塗り潰すのが楽しかったんだけどなァ。

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