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2009年6月

100万回出逢っても/10・10、100歩目

 note I am eighteen.,goin' on nineteen . note

 所は街全体に連帯感漂うありし日の新宿、映画が取り持つ仲の友人に案内され、初めて足を踏み入れた名物喫茶、その通路で行き合った若者に一目惚れ、一体誰?

 導かれたテーブルには既に友人の知り合いが二人座っていた。紹介されて席につき、暫くすると最前の若者が目の前に座ったではないかsign01 heartheartheart

 小4の時からheartの男の子にはこちらからloveletter攻撃、この時も正面突破。ハハハ、やったぜ!

 ではあったが、つきあったという程のこともなく、あ~と言う間もなくsoon end。来る者は拒むが、去る者は追わじ。気のない相手をいつまでも追いかける奴の気が知れん。

 とは言え、もし、今、あの時のまゝnote He is nineteen, goin' on twenty note 現れたとしたら、又、一目惚れすることは疑えない。それは今でも想っているとか再会を希っているというのとは違う。若い頃、銀幕の美男に一目惚れしたのと同じで今でも往時の彼らにはheartheartだが、GG化した現状には興味がない。

 100万回出逢ったら、100万回恋をする。そして、その度に異なる軌道を回る二つの彗星の如く、出逢いは一瞬で終わるだろう。いい男で面白い人物、それ以外♂に求めるものはない。「タイプ、タイプ!」の男は滅多にいないのだ。

 cafe100円、名画座100円の時代であった。一件置いた隣りの喫茶店の方が好きで消えたのもこちらが先だった。狭くてテーブル、椅子も小さい。床は木で万遍なく毛羽立っていた。コーヒ-、紅茶80円なり。トイレの壁全面埋め尽くした落書きが壮観であった。今にして思えば、撮っておくのだったなぁ。写真を撮る習慣、未だなし。友人から不要になったcameraとフィルムを、姉の旦那からは最新でないデジカメを譲り受けたが、そのまゝになっている。

 向かいの名曲喫茶は外観が、多分内装も、変わったが、現在も営業している。流石に名曲とは謳っていないようだ。レコードが高く、再生装置も普及していない頃、クラシック音楽ファンはそういう喫茶店で音楽を鑑賞したのである。今、絶滅危惧種となった普通の喫茶店のコーヒー、紅茶の値段は500円、名画座の入場料金1000円。当時、LP3000円前後。国内版CDが同額ということは殆んど値上がっていない唯一の商品である。なんて、えばるんじゃないよ!レコードがべらぼうに高かっただけなのだ。今のCDも高過ぎる。それでも日本のタワーレコードは生き延びている。いつまで持つか、競争だdash

 pen 今回をもって、60BABAのG-MAN噺は一応終了である。予告したように番外編がポツリポツリやって来る可能性はなきにしも非ず。

♪(o ̄∇ ̄)/  「はじめの一歩」からおつきあい下さった方がいらしたら、心から感謝致します。一回限りの偶然の訪問者の方もなにかのご縁、皆さまに幸あらんことを。

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窮々自適で、九九歩

 貧困家庭とは言えないだろうが、隣り近所、知る限りの一族郎党の中では間違いなく一番の貧乏人だったせいか、窮乏生活をめぐるあれやこれやを読むのが好きだ。いや、来たるべき爪に火生活に備え、先達の創意工夫、究極の叡智を参考にしようとの下心が働く為だろう。取り分け、売れない頃の役者の懐旧談は面白さでも群を抜く。

 From Aに載っていたある男優の逸話、一緒に住んだ方が経済的だからと堅気の弟を口説いて同居、四畳半に弟、三畳に自分、服を買う時も自分がお下がりを着られるサイズのものを買わせた「情ない兄貴でした」テレビに出るようになってやっと喰えるようになった、と。えらい弟さんだ。

 「五円玉二つで年を越したこともあります」(大地康雄)所持金合計十円ではあるが十円玉でないとこが凄い。いや、一円玉も数個、ないし十数個あった筈だなどと言ってはならぬ。「砂の上のロビンソン」ではモデルハウスでの理想の家庭を演ずることに倦み、家出した果てにホームレスまで経験する男。先輩からコンビニの賞味期限切れの弁当の賢い食べ方を教わる場面は大いに参考になった。

 いつ何時青テントの住人になるか分らぬ身だが、人生の最後に地べたから世界を見直すのも悪くないと思っている。Big Issueは販売人に行き合えば必ず買う。「今月の人」と題された販売者の紹介記事が一番の楽しみと言ったら不謹慎か。親近感を抱いてのこと故、許されよ。

 まずは窮々自適生活へ、いざ!

 

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最終回は休映と来て、98歩

 大晦日の最終回は休映というニッポン国映画館のふざけた習慣はそろそろやめにしたらどうか。と、もう二十年以上思い続けている。大晦日こそオールナイトだnightfuji

 今時の若ぇもんが「今夜は紅白だから早く帰ろ」なぞと考えるとしたら、不届き千万、不渡り手形一千万、禁固一千年の刑に処す!それとも里帰りして家族と正月を過ごしたい人が映画館業界には多いのだろーか?はたまた映画ファンが東京からいなくなるからなんだろか?

 ウ~ム。つらつら考えてみるに今時の若ぇもんがオールナイトで盛り上がる映画なんぞ見当もつかない。健さんの仁侠映画には来そうもないし、ブルース・リーも以前ほどの集客力はなさそうだし、ウ~ン、分らん!かく申すBABAが行く気満々になる特集はというとお竜さん、新諸国物語、工藤栄一、相米慎二、ドン・シ-ゲル、ボリス・バルネット、バート・ケネディ、マルクス・ブラザース、デイヴィド・リンチ、カール・テオ・ドライヤー、ジョナス・メカス、土本典昭、三木聡・・・そうだ、三木聡!彼なら若ぇもんも来るだろう。

 会場は三木映画のメッカ、テアトル新宿。当夜に限りwinebeer片手の鑑賞可。riceballcakebottlecafenoodleも飲食自由!但しnosmoking。上映効果を妨げますので、オッホン。「亀は意外に速く泳ぐ」「ダメ人」「図鑑に載ってない虫」「インスタント沼」プラス「時効警察」一編。そうと決まったら、劇場に直訴じゃぁ~~~~。

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そんな話はないんなぁ、で97歩

 いつの世も大人たちは子供と見れば、千年一日の如くあの質問を投げ掛ける。「大きくなったら、何になりたい?」

 今なら、宇宙飛行士、パイロット、ボクサー、パティシエール、指揮者となんでもありだろうが(案外そうでもなかったりして)わが幼少期の女子的答えの断トツ1位は「お嫁さん」今、又、首位奪回?2位が「看護婦さん」少し離れた、多分、3位が「先生」

 その頃も長じてからもその三つには全く関心がなく、今後100万回生まれ直してもそのどれかを答えることはないだろう。小学生の時は「物理学者」と答えることが多かったように記憶するが。こうした事柄は他人の方が良く覚えていたりするものだが、その他人との接触はとうに途絶えているので確かめようがない。

 中学卒業時の寄せ書きには面倒なので「良妻賢母」とふざけ半分おざなり半分で書き込んだ。傍目にはそう見えたわが母は憧れの(!)サラリーマンの奥さんになったものの、一流企業のエリート社員とは程遠い薄給取りだった為「これからは女も自分で稼がなくちゃダメよ」と言い聞かせながら、娘たちを育てることとなった。

 当時の母の考えで「女に向いた職業」の一番手は薬剤師。上の子は親の言うことを良く聞くと言われるように姉は中学ぐらいまではそう答えていたようだ。本当になりたいと思ったわけでなく、その後も特に何かを目指した気配はない。

 わが家族はわたしが小説を書いているとか作家志望だとか他人にしゃべり散らすようなことはしない。だから、どこかのおっちょこちょいが間違って一つくらい縁談を持って来ないかと期待したのだが、そんな話は全くなかったようだ。「自分で稼いで生きて行くので結構で~す」と断ってみたかったのになぁー。残念!

 残念無念は母の方だろう。中学までは「末は博士か大臣か」と将来を嘱望され、母自身は「医者か弁護士に」と密かに期待していたに大学にすら行かなかった。そのことを知った従兄は「勿体ないなぁ」と言ったそうだ。わざわざそれを伝えたのは自分の思いを直に吐露するのを憚り、他人の口を借りて表したかったからだろう。まことに申し訳ないことをしたと思う。無駄に期待させて。

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クローン人間と96歩

 クローン人間を簡単に作ることができたとして、それを望むかと言えば、答えは否。コンピューターの引越しのようにわたしの記憶を丸々引き継ぎ、あと50~100年生きるというなら、肯へと大いに傾く。その場合、このわたしはどうなる?クローンが病気になった時の為の臓器提供物?となると無用の長物の最たるものが脳?!

 生きる時代が異なるとはいえ、わが記憶を引き継いだクローンは同じ好み、同じ考えで同じようにしか生きられないだろうから、じき己に飽きるだろう。わたし自身、既に幾度か経験しているのでクローンは初めからうんざりしているかもしれない。だが、退屈はしないだろう。ある条件の下なら、10万年生きても退屈しない自信がある。

 その条件とは、賃労働、家事労働なし。

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95歩と1/2

 1414この269もカウントダウン5。一応100歩で終了予定。番外チョビチョビはあるやもだが、あと2月足らずで62年生きて来たことになるとはいえ、ほむらさんもびっくりの「人生の経験値」の低さゆえネタがない。

 実人生と関わりを持つ「思い出の映画」「思い出の曲」も全くない。いつか書いたようにないない尽し。東京競馬場で馬上20秒の体験乗馬を果たしたからは残るは飛行機と地下鉄副都心線の初乗りのみ。がんばんべ。airplanesubway

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平均睡眠時間9.5時間で、95歩

 フランス人の平均睡眠時間は9.5時間!と思ったら、9時間近くで、2位アメリカの8.5時間と混同したようだ。どちらにしても長い。去年だったか、日本人の平均睡眠時間は7.5時間で以前より短くなっているとの報告を聞いて、それでも充分長いと思う私はどうすればそんなに取れるのか不思議でならなかった。平均であるからは3、4時間の人もいれば10時間以上の人もいるわけで、1日の半分を寝て過ごすとは羨ましい限りだが、年寄りのいつでもどこでもこっくりこっくりを入れてのことか。

 夜2時に寝て朝6時に起きる生活が長かった。若い頃はそれで日中睡いということもなかった。一時期、12時前に寝ていたが、今は又平均3、4時間に戻り、しょっちゅう睡い。二十代に戻れたら「爆睡する」と言って笑われたが、連続して4時間以上眠ることができない身としては午過ぎまで「一気、一気」は最高の贅沢、電車で本当に寝てしまっている若い人を見ると心底羨ましい。

 いつでもどこでもこっくり人生を堪能してから死にたいものよと願いつつ、慢性急性ネムイ病と戦う日々、なぁーに、いずれ幾らでも寝られる日が来るのだ、今は少しでも長く起きているとしよう。

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1Q48で、九四歩

 本屋のレジに村上春樹の新著と思しき本が平積みされているのを見て「IQ(アイキュウ)84」と読み、今度はその数字のIQの主が主人公か、テーマなのだと合点した翌日であったか、「1Q84」でイチキュウハチヨンと発音するのだと知った。そこで渡りに舟と1Q48に便乗することにした。

 上野千鶴子、森巣博、相米慎二は1948年生まれである。競馬界では今なお語り継がれる花の十五期生、岡部幸雄、柴田政人、福永洋一が1948年生まれである。これだけでもう1948生まれには大物多し、翻ってわが生年1947生まれは小島太、安田富男などトボケた奴はいるが際立った論客は見当たらない、ショボ~~ンとなってしまうのである。

 南伸坊、北野武、沢田研二、鈴木啓示、金井美恵子、デビッド・ボウイが1947年。調べれば、「大物だァ!」の方は幾らもみつかり、丹念に当たればどの年もさして変わりがないのかもしれない。スポーツの世界では同時にデビューすることが多いのである特定の生年の偏りが際立つ。野球選手では1946年と1948年、その為、大ファンだったにも拘らずかなり長い間鈴木啓示は1948年生まれと信じ込んでいた。47年とあるのを見て、これ、間違ってると手持ちの資料を片っ端から引っ繰り返してみたら、どれも47年になっていてのけぞった。アルバート・フィニー、ジョゼ・ジョヴァンニを“殺した”前科がある身、生年の記憶違いなど微罪ではあるけれど、思い込むと真実が見えなくなる脳の仕組み、恐るべし。裁判員の皆さま、ご油断召さるな。汝の敵は汝なり。 

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組に一人で、九三歩

 大学へ進学しない異分子が組に一人海豚犬かの高校に身を置くとその気ゼロどころかマイナス813でもどこか一つくらいは受験せにぁならんのが難儀であった。今のように映画の専門学校があれば、行く気充分で試験を受けただろうが、唯一あった某大学の映画科はどうも気が乗らず、次善の策として別の大学の演劇部を選び、予定通り行かなくていいことになった。

 大樹小説が出版され、版を重ね、主要な人物を演じられる役者が現れたら、自ら映画も撮るつもりでいたが、その下準備として映画学校を望んだわけではない。すべては小説の為。主人公が映画を撮る人でもあったので技術を学び、実践を体験してみたかったのだ。批評をするにも技術の知識は不可欠だ。小説がダメなら映画批評があるさと計算したのではない。そちらから攻めて本丸攻略を考えないではなかったが、フツーの映画批評家になるには映画会社の試写室で見なければならない。それがまず耐え難い。何より小説同様需要がなかっただろう。男気溢るる文章なら「間に合ってます」今でも男たちは女っ気滴るテーマ、文体にはそれだけで高得点を与える。自分たちの聖域が脅かされる気遣いがないからだ。

 「腐女子彼女」を見る限り、似て非なるものと思う。唯、友人にやおい系の意味を教えてもらった時ははたと膝を打った。「やまなし、おちなし、いみなし」まさにわが小説!それが400字詰め原稿用紙で1万5千から2万枚では売れるわけがない。今ならブログで連載するところだ。十人の愛読者を獲得する自信はあるsign03sign03sign03sign02

 東京芸術大学大学院映像研究科の修了生たちの活躍を伝える記事の中で講師の黒沢清監督が「気をつけるべきなのは、映画には作り手の生き方や世界観が出るということ。映画に関して知っていても、社会を知らなくて恥ずかしい作品を作ってしまわないために日々鍛えておくよう言ってます」と語っている。その通り。極論を言えば、監督は映画なんぞ知らなくていいのである。「人生の経験値」(穂村弘)の高いもん勝ちである。映像のセンスについては生まれつきだから、これも学ぶことはできない。書を捨てなくていいから、街へ野へ出てなんでも見てやろう、やって野郎(女郎も含む。但しジョロウではない)たれ。

 役者に関しても演技の勉強などしなくていい。「心は舞台、財布はテレビ」が相場と決まっているのだから、目指した時点から習い事はたとえ初歩だけでも片っ端から身につけておくべし。スキー、スケート、ピアノ、ヴァイオリン、お茶にお花に日本舞踊、箏三味線、太鼓に鼓、自転車、自動車、オートバイ、水泳、空手、柔道、テコンドウ、剣道、弓、槍、薙刀、手裏剣、吹き矢はいいとして、乗馬と英語は必須。いつ何時時代劇や西部劇の依頼が来るやもしれぬ。今や中国、香港、台湾、韓国、タイなどの映画に日本の俳優が出るのは日常茶飯、その逆も然り。いやでも応でも意思の伝達は英語になるからだ。「目指せ、ハリウッド」ではない!(やたらハリウッドと崇めるのにろくなのはいない。ブツクサ)

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